「紫陽花の雨」と「あじさい坂」 - 彼岸花 秋

2021/05/23 (Sun) 00:51:34

私の好きな森昌子の“もう1曲”　シリーズ1

「紫陽花の雨」と「あじさい坂」

1年ぶりに新しいシリーズを始めます。名曲の評価定まったものではなく、忘れられて消えていくのは忍びないたくさんの佳曲を掘り起こし、もう一度話題にして記憶に残しておきたいと思います。初めから何曲と決めていませんので、随時書き上がったら掲載していただきます。また、単独で1曲ということもあれば、2曲並べて比べてみるとか、一人の作曲家の作品をいくつかまとめて取り上げるとか、色々視点を変えながら進めていきます。順不同でもあります。

雨の季節がやってきて、紫陽花の花が色づいてきました。公園の池に降りていく坂道にたくさん植えられていて、満開の下り坂を歩いて行くと青紫色に染まってしまいそうです。これを、“さよなら”というだけの短い別れの手紙をもらって真っ青に冷え切った心の中まで映すようだと歌うのが「あじさい坂」。（1977年、アルバム「出発の詩集 港のまつり」所収）　昌子さん18歳。
時とともに花びらは赤みを帯びて紫色に変わっていきます。この移り気色の紫陽花が心変わりのあなたの愛に似ていて、それなのになお美しく愛しく感じられるのはなぜかとため息をつきながら歌うのが「紫陽花の雨」。(1982年、アルバム「北のおんな」所収）　昌子さん23歳。

「あじさい坂」は長い間、昌子さんの歌の編曲を手掛けてくれている馬飼野俊一氏の作曲。どこか「彼岸花」を思わせるややこしい難しいメロディーを、10代の昌子さんが生き生きと歌いあげて爽快でさえあります。悲しい別れの歌をこんなに明快に歌っていいのかという疑問が無くはないのですが、これが昌子さんの個性。
　
　頬に涙の文字を書く辛い返事です

いいですねえ、上手いですねえ。この後、
　
　あなたと離れてひとりになるから
　明るいわたしに戻らなければなりません

と結びます。潔い覚悟が見えて素敵です。

5年を経て、昌子さんは再び紫陽花の歌に出会います。
「紫陽花の雨」は作曲の中村泰士氏が昨年の暮れに亡くなったときに少し書きました。
すでに「哀しみ本線日本海」を出している23歳の昌子さんは、さすがに声も落ち着いてきて大人の雰囲気。色変わりする紫陽花の花びらに定めなく移ろう恋の現実を見てこれが恋模様なのかと、半ば諦めつつ、わたしが選んでわたしが決めた道なんだから…と。それにしても紫陽花の咲くこの坂道はさびし過ぎる。わたしの心の雨はいつ晴れるのだろう……と歌います。
美しい声ですね。端正な歌唱のなかに清々しい色気があり、なのにかすかな悲しみがにじんで聴こえてくるところが昌子さんの最大の魅力。こんないい歌がアルバム1回限りで忘れられてしまうのは本当にもったいないことです。復帰後、一度どこかで歌ってほしかったですね。

この2曲を聴いているうちに一句思い立ちました。

　紫陽花はため息に揺れ雨に揺れ

少し長めにして一首。

　小雨降るあじさいの坂濡れてゆく あれは昌子、と想う夕暮れ